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    333.jpg妹と六本木に出来た東京ミッドタウンへ行った。三井不動産プロジェクトが建てた「都会の上質な日常」をコンセプトとする総合都市だそうだ、建築家は安藤忠雄らしい、



    330.jpg
    竹をふんだんに使った和を基調にしている感じが気に入った。




    328.jpg木の床も歩きやすく、あちこちに休憩用のベンチもある。





    329.jpg美味しそうなケーキ屋さん。






    lanch_s.jpg
    久し振りに会った妹とはショッピングより話しの方が多く、最近行った旅行の事、これから行く旅行の事など話は尽きない、「昼食をブログに載せるから写真を撮るわね、」とデジカメをテーブルに置いていたのに、プレートが出てきたらもう食べ始めてしまい、大笑い!食堂の値段はいろいろだが、ここは安かった。
    4時過ぎまでおしゃべりしながらぶらぶら、裏に出ると日本風の庭園も素敵だった。
    このミッドタウンの中には車椅子を貸して呉れる所が有るので、今度は足の悪い姉を連れて来ようと話し合った。

    【2007/04/29 15:24】 未分類 | COMMENT(6) |
    法華寺
    325a.jpg今日のスケッチは下総中山の法華寺だった、この所千葉県に縁がある、総武線の下総中山から北へ10分ほど歩くと大きな山門があり、そのまた奥に山門がある、山門と山門の間の小径の奥にお墓が並んででいた。
    門前町も派手でなく、鄙びた感じで良かった。
    先生のお目当ての五重搭は改装中で覆われていたが、私はこの空中に浮いた回廊が気に入った。
    描いているといろいろな人が覗いていく、はぼ終わった所で小学生が「すっごーい」と言ってくれた、「ありがとう」と言うと「どうしたらこんなに描けるんだろう、まるで~写真の様・・とはいわないよね~、なんて言ったらいいのかな~」と言ったらやはり見ていたおじさんが「絵はがきの様って言いたいの?」と言っていた、どうなのかな?
    先生にも「なかなか、いいですね」と言われた。(先生はほめじょうず!)
    境内のすぐ近くに小さな食堂があり、月見うどんを食べたらしっかりした手打ちうどんでとても美味しかった。



    【2007/04/27 00:31】 絵画編 | COMMENT(4) |
    娘と小旅行 5
    suisen.jpg翌日も普通のツアーとは違いゆっくりと朝食を食べ9時20分集合でまた佐原市までバスで行きました。

    10 時、伊能忠敬記念館に着き学芸員の青木さんの説明で測量に使用した方位磁石や間縄、鉄鎖、天体観測に使った望遠鏡などの展示物を見て、当時の測量の実演をしたりしました。
    残念ながら撮影禁止でした。

    ところで井上ひさしの「4千万歩の男」の中に江戸でお栄さんと言う女性と暮らしていましたが、この人は昔おいらんと言う事になっていましたが、お栄さんの名誉の為に書いておきますが、お栄さんはおいらんでは無く佐原出身の良い所の娘で数学などが出来てとても頭の良い人だったので、忠敬の測量図の製作を手伝っていたそうです。

    地方から測量図の資料を送るとそれを図面にしたりもしたそうですが、結婚していなかったので晩年は財産も無く寂しい一生だったそうです。
    この記念館には衛星写真から撮った日本地図と忠敬の作った地図が交互に重なって出るスライド写真が有りましたが、殆ど誤差が無いのに驚きました。

    317.jpgその後忠敬が30年あまりを過ごした商家の店舗と母屋の見学をしました。
    この書院は忠敬の設計だそうです。

    ここで少し伊能忠敬の事に触れますと、忠敬は1745年上総国山辺郡小関村に生まれました。幼名は小関三次郎と言いました。

    三次郎6才の時に母親の小関タミ亡くなりましたので婿入りしていた父親はその頃の慣習で離縁され旧姓の神保家に戻りました。
    その時父親は長男と次男だけを連れて郷に帰ります、6才の幼い三次郎が11才に成ったときにやっと父親の元に帰りますが、その間の5年間の事は不明だそうです。

    17才になった三次郎は頭脳明晰を認められ伊能家に婿養子に入りますが、その前に一度伊能家の分家の平井家に形だけの養子となり伊能家の婿となります、
    そこで忠敬は一生懸命働き、伊能家を盛り立てて財をなします、それは今のお金にすれば何億にもなるそうです、それでその頃の習慣どおり50才になると息子の景敬に家督を譲り隠居の身となり今まで自分のしたかった暦学を始め、暦学と数学の副産物として測量術が始まったそうです。
    測量は十回に分かれて行われ第一次測量から第八次測量まで忠敬は実際に参加した
    そうです。

    20070420233656.jpg
    忠敬の旧宅の見学の後佐原では鰻が名物で美味しいの鰻重を頂きました。(ここでデジカメの電池切れとなりました)

    その後昨日の保存会の理事長の案内で佐原の街並みウオークで暫く街を散策して、
    小野川巡りで小さな船に乗って街並みを眺めたりしました。


    sawara2.jpg309.jpg30分ごとに橋の下から水を放水する橋。







    machinami_b.jpgmachinami_a.jpg街並み保存会では佐原の街の景観を残すために家を建て替える時も前にあった通りに建て直さなければならないそうです。
    その後佐原に二つしか無い造り酒屋で日本一の杜氏が来ると言う東薫酒造の酒蔵を見学して、午後四時半に佐原を出発、バスで千葉駅まで戻り千葉駅で解散と成りました。

    今まであまり知らなかった伊能忠敬の業績と小説に名前の出てくる実在の人の実像に触れたりと面白い経験の出来た小旅行でした。

    余談になりますが忠敬の測量した地図の原本はシーボルト(シーボルト事件)に依って殆ど海外に持ち出され、残りも火災と震災とで焼失してしまい、今残っているのは殆どが写しだそうです。

    陸軍参謀本部は伊能中図を参考にして「輯製20万分1図」を作成し、昭和4年まで使われ伊能図は上呈後108年も生きていたことになります。
    ながながと読んで下さって有り難うございました・・・と読者が気になりホームページの様な書き方になってしまった。






    【2007/04/20 23:31】 私の旅 | COMMENT(4) |
    娘と小旅行 4
    261.jpgその後平安時代から明治時代まで伊勢神宮と平安神宮の他に日本
    に三神宮しかなかったうちの一つの「香取神宮」へと行きました。
    参道は素晴らしい新緑に溢れ楼門は美しい朱色の門です。




    266.jpg286.jpg
    ところが、楼門を一歩入ると本殿は重厚な黒色に金の紋章が映えます。
    屋根も独特な檜皮(ひわだ)葺造りで今は檜が少なくなっているので
    修復がとても困難だとの事でした。
    また回りの黒色は漆塗りで建物全てに絹の布を巻きその上から黒色の
    漆を塗るそうです。
    281.jpg国宝を有する宝物殿では奈良正倉院御物、及び大山祇神社とを合
    わせて日本三名鏡と称する中国随時代の海獣葡萄鏡などを神職の解説
    づきで拝見しました。

    296.jpg小さな佐原市では多分この大所帯を泊める宿泊施設がないのか、バスで成田市まで戻り空港近くのガーデンホテルに五時頃到着しました、成田空港に近いた
    めか、パイロットやアテンダントが多く宿泊していました。
    七時の夕食時間までゆっくりとバスに入ったり久し振りに娘との
    おしゃべりを楽しみ。
    七時に夕食のバイキングのレストランへ行きました。

    夕食後は八時から「人間 伊能忠敬」と言う座学が歴史家、作家の
    加来耕三氏の講義で始まりました。

    伊能忠敬は別に偉い人では無くて養子に入り頭が良かったので婿入り
    先の財産を殖やして昔は大体50才くらいで隠居をするのが習わし
    だったので、長男に家督を譲り余生を自分のしたい事に使っただけで
    それがたまたま測量だったと言う事で、だから幕府から機材を貰ったり
    しないで、測量や天体観測の使った機材は全部自前だったそうです。

    リタイア後の人生を自由に楽しく暮らしなさいと言う事なのです。
    午前中のオープニングトークの時も立松和平氏が山へ登るのは大変
    だが、下り坂になるととても楽になる、人間も下り坂は楽に生きた方が
    良いと言ってました。
    伊能忠敬の話の他にもいろいろと面白い話をされ例えば、歴史上の人物
    で人気の有る人は誰だと思いますか?
    1、織田信長
    2。坂本竜馬
    3、諸葛孔明
    だそうです。所が坂本竜馬を好きな人は馬鹿ですよ、と言うのです。

    え~甥っ子は竜馬が大好きなのに~と娘と顔を見合わせました。
    あれは司馬遼太郎が小説で竜馬を英雄にしてしまっただけで、竜馬は
    決して英雄でもないし、北辰一刀流の使い手でも無かったとか・・・
    野口英世も英雄では無かった、あの人はとても遊び人で自分が梅毒に
    掛かったので梅毒を研究したのです・・・とか
    嵐山光三郎も何故か野口英世の悪口を言っていたので、皆さん大笑いでした。
    座學は10時過ぎまで続きました。

    明日につづく



    【2007/04/19 14:26】 私の旅 | COMMENT(7) |
    娘と小旅行 3
    208.jpg
    212.jpg

    しだれ桜がまだ満開で美しい伊能家の菩提寺、観福寺。

    216.jpg222.jpg

    法被を着た街並み案内ボランティアのおじいさん(吉田理事長)に説明を聞きました。
    吉田さんの説明に依ると、観福寺は真言宗なので忠敬の戒名は真言宗のものです。
    所が最初の妻のミチさんの戒名は日蓮宗だそうで。
    これは忠敬がミチをその宗派の日蓮宗の戒名で葬って上げたいので、お寺に交渉してこちらに日蓮宗の戒名で葬って上げたそうです。忠敬38才の時です。こういう所も忠敬の優しさが現れています。
    それにしても忠敬が4度も結婚をしているのは、いずれも奥さんが早死にだったからです。
    40才になって再婚しますが、この人とは正式の結婚はしていないのでお墓はありませんでした、この人との間に生まれた子供(秀蔵)は家に置いても可哀想と思い後の測量に連れて行きます。この秀蔵の墓は実子とは違う離れた所に有りました。
    45才の時に秀蔵の母親が亡くなるとすぐに3番目の妻、仙台藩医桑原隆朝の娘ノブを迎えます、ノブも忠敬50才の時に亡くなり家督を息子に譲り江戸に出て高橋至時の弟子となり
    エイを内妻に迎えます。
    此処は忠敬の家系のお墓ですが実際には忠敬は遺言で師の眠る浅草源空寺の高橋至時の墓の隣に埋葬してくれと言う事でそちらが本当のお墓です。
    観福寺には爪と遺髪を埋葬してあるそうです。


    231.jpgI238a.jpg

    明日につづく



    【2007/04/19 00:05】 私の旅 | COMMENT(1) |
    娘と小旅行 2
    さて、話の内容はそれぞれ伊能忠敬への思いと旅の話で、淺田次郎は小学生の時に伊能忠敬の偉人伝を読んで感銘を受けたとの事、
    普通はキューリー夫人や野口英世などの伝記を読んで感動するのに我ながら地味な子供だったと思うと言っていました。
    嵐山光三郎は冗談まじりに夫婦の旅行者と不倫相手の旅行者の見分け方で不倫同士は話が弾み、夫婦はお互いに言葉も無くなっていると言っていました、しかし今回の塾は夫婦連れが多く皆さん仲良く話しを聞いていました。

    リタイアしてからの人生に目的を持って前向きに生きようと言う事は4人共共通の意見でした。
    旅の勧めで、浅田さんが物書きなのでペンと原稿用紙が有れば何処でも仕事が出来るからと言うと、へ~パソコンは使わないの?僕も使いませんよ、そうか~4人ともパソコンを使わないんだと変な所で感心しあっていました。

    199.jpg第二部は合同昼食会で江戸の食文献に基づいて、「江戸の花見弁当」を千葉大学名誉教授の松下幸子先生の監修の基に再現されたお弁当を松下幸子先生の説明を聞いてから頂きました。
    彩りも美しく、味は現代風に塩加減などを減らしてあり、美味しいお弁当でした。
    昼食後それぞれの塾のバスに分乗して目的の地へと向かいます。

    私たちは一路佐原市へ向かい、伊能家の菩提寺「観福寺」へ行きました、忠敬直系の人はもう居ませんが、伊能家の親類は残っていますので、綺麗に整備され忠敬が四回結婚した話しやその子供達の墓の説明などを八三才の保存会の理事長さんの解説で聞きました。

    明日につづく


    【2007/04/17 00:36】 私の旅 | COMMENT(5) |
    娘と小旅行
    娘に誘われて、「房総おとなの学習塾」と言うツアーに参加しました。
    娘は電車のの中吊り広告で見付けたと言ってましたが、ジバングの主催なので殆どが60才以上の人達でした。
    コースは八つあり、下総歴史漫遊塾、小林一茶塾、江戸社会塾、伊能忠敬塾、里見八犬伝塾、浮世絵入門塾、房総の食塾、古刹研究塾となっていました。

    前から伊能忠敬に興味が有ったので、それから井上ひさしの「四千万歩の男」を読み、いろいろと生家の事なども知りたくなったのでしょう、子供を連れて伊能忠敬の故郷の佐原市を訪ねた所、水郷のある鄙びた街並みが気に入り、たまたまジパングの伊能忠敬塾を見付けて、絵になる風景も有るし是非一緒に行かないかと誘われたのです。

    娘の結婚以来二人で旅行もした事が無いので、行く行くと二つ返事でした。
    付け焼き刃ながら慌てて「四千万歩の男」を読んだりしてやっと旅行当日を迎えました。

    190.jpg朝九時半に幕張のホテルスプリングス幕張に集合、10時からパネラー達の記念トークがありました。
    先ず最初に千葉県県知事の堂本暁子氏の挨拶がありました。
    知事さんの仰るには、千葉県にはまだまだ開発され無かった為に文化としての古い物が沢山残っていると思うので、これからはなるべくそう言うものを大切にしていきたいと思うと仰っていました。

    パネラーは高橋千劔破(ちはや)氏の司会のもとに、浅田次郎氏、立松和平氏、嵐山光三郎氏の四人で、パンフレットに依ると、第2の人生を日本全国の測量に費やした伊能忠敬、彼の生き抜いた姿をもとにセカンドライフの有るべき姿、旅の楽しみ方など、より充実した人生について各分野で活躍するパネラーがトークセッションします。と言う事でまだシニアではない娘が聞くにはちょっと早いかな~と思いましたが、結構楽しんで聞いていたようです。
    明日に続く

    【2007/04/16 17:56】 私の旅 | COMMENT(3) |
    水陽会スケッチ
    182.jpg水陽会のスケッチ会に行った。集合場所は井の頭線の「駒場東大前駅」東大の方の改札(東口)で待っていたら、集合は(西口)だった、相変わらずミスばかり・・・
    折角東大教育学部の前なので写真を撮ったり、滅多にお目に掛かれない東大生を眺めていた。別に普通の学生と変わりなく見えるがこれが難関を突破した人達なのだな~と感心して見ていた。
    今日描く場所は駒場公園で此処は公園に成る前は旧加賀百万石16代当主前田利為侯爵の邸宅で、昭和46年駒場公園としてオープン,そのご目黒区に移管された。
    区立公園の中では最大の広さで4ヘクタールある。


    187a.jpgその前田邸、欅や楠、樫の木が生い茂り閑静な佇まいである。
    4月と言うのに今日も寒くて、背中に入れたホカロンが暖かかった。


    【2007/04/11 23:04】 絵画編 | COMMENT(8) |
    お花見ミステリーツアー
    153.jpg英会話の友人たちとお花見ミステリーツアーに行った。
    大分前に申し込んでいたが、関東の桜はぼつぼつ終わりに近いので、何処へ連れて行って呉れるのかと思ったら、埼玉県幸手市の権現堂堤と言う所だった。
    遊歩道の両側に満開の桜並木が続き、こんな短冊が一枚だけ風に揺れていた。


    154.jpg此処の権現堂堤は桜と菜の花の名所で桜並木の彼方に広がる菜の花畑が綺麗だった。





    155.jpg>桜の木の下の土手で用意されたお弁当を食べる事にした。





    156.jpg今回のミステリーツアーは美食倶楽部のツアーで「なだ万」のお弁当が目玉の一つだった、期待通りなかなか美味しいお弁当だった。



    20070407234339.jpg食後に権現堂堰水門がすぐ近くだったので、そこを1枚スケッチした、







    170.jpgもう一カ所は新宿御苑だった。新宿御苑には八重桜をはじめいろんな種類の桜が有り、この黄色い桜はウコン(鬱金)と言う名前が付いていた。



    173.jpgギョイコウ(御衣黄)これもれっきとした桜。
    新宿御苑は絵を描いているグループがいくつも来ていた。

    【2007/04/08 00:00】 未分類 | COMMENT(9) |
    ダヴィンチ展
    leonardo.jpg誘いを受けていたお花見をキャンセルして、孫たちと上野の東京国立博物館へダヴィンチ展を見に行った。
    明日から小学校が始まるので、子供連れが多かったが、小学生は無料で見せてくれた。

    ダヴィンチの「受胎告知」はフィレンツェのウフィツィ美術館では
    一部屋に幾つも並んだ絵の中に一緒に並んでいて多分フラッシュを焚かなければ写真も撮れたと思うのだが、今回は国立博物館の本館全部を使ってこの一点を見せる様になっていた。
    門外不出のこの絵が如何に大切にされているのかが良く分かった、照明も暗く、折角待ち時間も無く入場出来たのに、この絵の前は[立ち止まらないで下さい!]とどんどん歩かされてしまったので、ゆっくり見る事は出来なかった、パンダ見物じゃあるまいし、やはり絵画はじっくりと眺めたいものだと思った。

    平成館の第2会場の「レオナルド・ダヴィンチ天才の実像」の方は略年譜から始まり、ダヴィンチの手稿やデッサンに基づいて精巧な道具を復元したり、形のとらえ方、運動力学などの説明など興味をそそられるものばかりだった。
    また有名な「最後の晩餐」をいろいろな角度から分析して、キリストの弟子達の心の動きなどまで現していると説明している所などとても興味深かったが此処は流石に人が多く子供連れではゆっくり見る事が出来なかったのは残念だった。


    140.jpg博物館本館前の見事な桜の木
    ダヴィンチ展の後は東洋館で中国やガンダーラの仏像や孫のRが見たがっていたミイラなどを見た、女の子のFはミイラを怖がってずっと私にかじりついていた。
    春休みも終わり近くにやっと孫と半日過ごすことが出来た。


    【2007/04/05 23:37】 絵画編 | COMMENT(9) |
    播磨坂
    124.jpg先月Mさんがスケッチにいらした、播磨坂へ行った。
    ここは桜が満開で場所取りのビニールシートが張り巡らされて、やっと場所を見付けて描く事が出来た、今回は敢えて人物を入れないで描いてみた。



    111.jpg112.jpg
    続いて小石川植物園へ、ここも凄い人出だった。



    20070401235928.jpg先生の言葉に従い、花見客と桜を描いた。こう人が多いと絵を描いていても誰も覗きにも来なかった。



    113.jpg帰りに綺麗なピンクの辛夷の花を見付けた、紅辛夷と言うそうだ。
    先生は「もう一枚描きますか~?」と仰ったが誰もが「もういいで~す、」と言う事になった。
    人は多いし、2枚描くと皆疲れてしまった。
    素敵な喫茶店で美味しいケーキとコーヒーで疲れを癒して帰途についた。

    【2007/04/02 00:09】 未分類 | COMMENT(8) |